“直美”から院長へ。ラベルを超えて美容医療に誠実であり続ける選択――久野院長インタビュー

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近年、美容医療のトラブルを取り上げたSNS投稿やまとめ記事の中で、「直美」というワードがひときわ注目を集めています。

「直美」とは、保険診療の臨床経験を経ずに美容医療の世界に飛び込んだ医師を揶揄する表現。

「直美は危ない」

「美容医療は若手に任せるな」

——そんな声があふれる今こそ、その“当事者”からの声に耳を傾けたい。

私自身も、美容医療の業界に10年近く従事してきた中で、問題の本質は「直美かどうか」ではなく「診療に対する姿勢」にあると感じています。

しかし今、その本質的な視点が「直美」というネガティブワードの影に隠れてしまい、医師や医療の価値が単純なラベルで判断されてしまう現状には強い懸念があります。

今回お話を伺ったのは、新宿二丁目にあるプライドクリニック院長・久野賀子先生。

実は先生自身も、“直美”として美容医療の世界に入った医師の一人なのです。

美容医療を選んだ理由——明るくて優しい世界

海岸
出典:PRIDE CLINIC

大学時代実習をしていくなかで、保険診療や研究の世界にあまり良い印象を持っていませんでした。

高校生のころ勉強が得意だったので「手に職をつけられさえすれば良い」と、ただそれだけの理由で医学部を目指しました。

なのに「医者になりたくない…」そう強く感じてしまったのだそう。

だた、やりたいことが見つからないから、という理由で進んだ初期研修。

マッチングという医師の就活は全部落ち、二次募集で拾ってくれた日大板橋病院で初期研修を始めました。

「正直、限界だったんです」

久野院長がそう振り返るのは、高齢者の寿命をただただ延ばすだけの医療。

夢も希望も湧かなくて、医者は向いていないと感じていました。

初期研修中に妊娠・出産を経験し、娘という光を発見。

育児と医師としてのキャリアの両立に挑んだ日々。

それはとても充実していました。

「わたしはこれがやりたかったんだ」と、育児に幸せを見出したのだそうです。

「娘が生後7週の頃には現場に復帰しました。当時夫は海外留学中で、勤務そのものは9時~17時までにしていただき、ワンオペ育児の日々を乗り切りました。“この働き方をこの先もずっと続けられるだろうか?”と何度も自問しました」

保険診療の現場では、チームとして働き、勤務時間が限られ、当直もできないとなると戦力外になりがちです。

そのなかで、育児をしながら全力を尽くすには、物理的に不可能でした。

「医師としてのやりがいは全くありませんでした。でも、自分自身や家族との時間が今後の人生を考える中で軸となっていきました……。娘だけでなく、世界中の人々の笑顔のために働きたい」

そんなときに出会ったのが、美容医療の世界でした。

たどり着いたのは、プラスアルファの分野「美容医療」だった

「こんな姿になりたいから、この部分をこんな風に変えてください」

一人ひとりの人生に寄り添っている感覚が素晴らしかった__。

クリニック見学の時にお世話になったN先生は、お客様一人ひとりの希望を丁寧に聞き、出来る限り希望に近づけられるよう尽力していました。

「ここで働きたい」

湘南美容クリニックで美容皮膚科医としてのキャリアをスタートさせました。

未経験から「直美」—技術と信頼の積み重ねで得意分野へ

美容医療
出典:photoAC

「“直美”という言葉が生まれる前のことで、私にとっては“選ぶしかなかった”道でした」

久野院長が美容医療の世界に足を踏み入れたのは、保険診療に合わなかったためで受け入れられる現実的な選択でした。

「湘南美容外科で美容皮膚科医として勤務しながら2年目の時に第2子となる息子を出産。半年後に復帰を目指していたころには当時の夫と離婚しシングルマザーになりました。『育児と現場の両立』を考えたときに医師にも“時短勤務”がある湘南美容外科の制度にはとても助けられました」

時短勤務であっても、リピーターや指名を増やし、技術や知識を積み重ねていけば、結果を出すことができました。

保険診療であっても、新しい診療科に転科すれば、すべてが初めての学び直しになるのです。

だからこそ、美容医療が未経験であることに引け目を感じることもありませんでした。

「内科から皮膚科、皮膚科から整形外科に変われば、同じ“医師”でも一から学ぶのは当然。それなら、いっそ極めたいと思える分野に早く飛び込んだ方が、早く実力がつくと思ったんです」

そして何より“直美”かどうかなんて、考える余裕すらなかったそう。

「子育てが楽しすぎて、休みの日に仕事のことを考えることは殆どありませんでした」

「直美」でも、やる気次第ですぐに積み上げられるもの

自分の軸が見つからなかったために飛び込んだ美容医療の世界。

最初は慣れないことも多かったが、診療経験を積みながら、少しずつ手応えを得ていく日々。

「未経験であること」よりも、「これからどれだけ本気で向き合うか」。

その姿勢が、美容医療でのすべてを決めていく——美容医療の現場で従事していく中で、早い段階でそう確信したそうです。

「美容医療は“正解のない医療”。教科書もなければ、大学で学ぶこともない、ゴールも一律ではない。だからこそ求められるのは、技術や知識以上に『すり合わせ力』だと思います」

——つまり、患者と向き合うコミュニケーションだと久野院長は言います。

「この人にお願いしてよかった、と思ってもらえるように。1例1例を“お金”ではなく、“人との関係”として大切にする。結局、美容医療って、そういう気持ちの積み重ねじゃないかなって思います」

苦手だったヒアルロン酸注入を、得意分野に変えた努力

今は注入治療の専門医として開業し、院長を務めている久野先生。

実は美容の現場に立ち始めた最初のころは、注入治療も不安だらけだったといいます。

「実は今では得意中の得意と掲げている『ヒアルロン酸注入』が最も苦手な施術でした。ボトックスのように効果が出るまでに時間がかかるわけでもない、二重施術のようにダウンタイムがあるわけでもない。施術直後に『どうだ!』と仕上がりをその場で見せる瞬間が怖くて…」

自分が提供した技術に対して、ダイレクトに患者様の反応が返ってきます。

そんな間髪入れずに生じる反応に、吐きそうになるほどのプレッシャーを感じることも少なくなかったと語る久野院長。

「でもその現状を何とかしたい、絶対に『いつ、どんな患者様が来ても期待以上の施術を提供したい』という一心で、アラガン社のヒアルロン酸注入のセミナーに何度も足を運びました。知識や技術を追求していく中で指導者セミナーも受けて、自分にできることをとにかく積み重ねました」

皮膚科医局長、后相対応——“信頼”と“経験”を積み重ねた日々

そんな努力を経て、やがて皮膚科医局長に抜擢されるまでになりました。

患者様対応はもちろん、後輩の育成にも力を注ぎながら、自信を深めていったのです。

特に経験になったのは「后相(施術後の相談)」。

いろいろな医師のトラブルやクレーム症例を目にして、実際に対応して解決していくことで自身の成長につながったと実感しているそうです。

「ヒアルロン酸でできたしこりや血流障害、神経近くの痛みなど、外科の先生たちからの相談もたくさんありました。糸リフトの凹みをヒアルロン酸で埋めるなど、自分がこの領域を深めることで救える患者さんが増えると実感していました」

子育てと両立しながら積み重ねたキャリア。

「ただ毎日の診療をこなす」だけではなく、将来に向けた「貯蓄」の意味も込めた「環境の活用術」だったと振り返ります。

「子育ても含めて、常に“計画を立てて準備する”ことでここまで来られたと思っています。美容医療でも、家庭でも、後手に回ったらもう終わり。そう感じる瞬間は何度もありました」

「直美かどうか」ではなく、「どう取り組むか」「自分の置かれた環境をどう活かすか」が何よりも大切だという、久野院長自身の信念が、このときすでに形づくられていたのでしょう。

「直美は危ない」は本当?久野先生が語る、“本質的な問題”

久野院長
出典:PRIDE CLINIC

そもそも、“直美”という言葉に込められるネガティブな意味合いに対しても、久野院長は冷静に言葉を重ねます。

「“直美だから危ない”って決めつけるのは違うと思います。診療科なんて関係なく、経験と、患者さんにどう向き合うかがすべて。実際、私は保険診療に対する将来性に不安を感じ、子どもと向き合いながら育てていきたいと考えた末に美容を選びました。でも、そのぶん自分が納得できる医療の形を突き詰めてきたつもりです」

実際、美容医療の現場で問われるのは、臨床経験の長さよりも「目の前の患者様とどう信頼関係を築くか」という人間力です。

「正直、臨床経験が豊富でも、“人としての接し方”が上手とは限りません。どちらかというと、医師という職業柄、サービス業的なコミュニケーションが苦手な人も少なくない印象です。でも、美容医療って、いわば“正解がない医療”なんですよね。解剖や技術だけではなくて、患者様とのすり合わせの中で“その人にとっての正解”を一緒に探していく。そのなかで、他の診療科ではあまり求められなかったような“人としてのスキル”が問われてくると感じています」

だからこそ、久野院長は、患者様一人ひとりとの関係を何よりも大切にしていると語ります。

本当に危険なのは、“知識のない営利構造”に飲まれること

お金
出典:photoAC

「“直美”が悪いわけではないんですよ。実際に、“直美”であっても誠実に取り組んでいる先生はたくさんいますから」

SNSやまとめサイトなどで「直美=危ない医者」という印象が一人歩きしていることについて、久野先生は当事者として、また美容医療の現場を長く見てきた医師として、冷静にその背景と構造を見つめています。

医師免許を取得したばかりの若手が、美容医療の世界に入ること自体は、決して否定されるべきことではありません。

むしろ、そこで誠実に学び、真摯に患者に向き合っている人も数多く存在しているのです。

しかし、その一方で、美容医療業界には「育成」や「教育」という観点での課題が残されているのも事実。

「美容って、“稼げる”というイメージがあるんですよ。実際、高校卒業後医学部を出て、アルバイトした経験も少なく世間のことをあまり知らずに飛び込んでくる子たちは、周囲に集まってくる“営利目的の方々”に巻き込まれてしまうことも少なくありません」

たとえば、「医療の現場の経験」が乏しく世間の金銭的な事情にも疎い若手医師が、医学的知識のないコンサルタントに言われるがままにクリニックを開業したり、経営を委ねたりする医師もいます。

経済的に余裕があることの無防備さが、営利主義の波に飲み込まれてしまうのです。

「医者って、すごく世間知らずな傾向にある職業なんです。私自身もそうでしたけど、大学を出てそのまま病院で働いて…っていう生活を続けてきた人が、いきなり“商売”の世界に放り込まれる。そこにきちんとした教育がないと、本質を見失ってしまうんですよね」

医療の実態を知らないコンサルタントに言われるがまま診療することで、営利に傾倒してしまうことも。

結果として、知ってか知らずか「患者様の本質的な問題に誠実に対応できなくなっている」現実も少なくありません。

「売り上げ至上主義」になってしまうために、「いらない施術を上乗せ」したり、患者様にとって必要な修正作業をおろそかにしたり。

「人と人との信頼」が損なわれる医療を提供していることが「直美」問題として扱われてしまうこともあります。

ただ、それは「直美」であろうと臨床経験が長かろうと関係ありません。

実際に、美容医療の現場にいると、経営コンサルタントから美容経験2年目であっても「みんな開業していますよ!」と、無責任な声がかかるのだとか…。

また、SNSやYouTubeなどで注目を浴び、「バズる」ことが優先されるあまり、誠実な診療よりも“映え”や“数字”が評価基準になってしまうことにも懸念を示します。

「予算の大きな患者さんだけを相手にするような人もいたし、売上に振り回されてしまってメンタルを崩していく先生もいました。評価軸が売上しかないと、どうしてもそこに引っ張られてしまう」

しかし、久野先生は“直美”であるかどうかよりも、「その人がどんな姿勢で、どんな覚悟をもって医療に取り組んでいるか」が最も重要だと強調します。

「誠実に診療に向き合う人は、たとえ“直美”であっても必ず育ちます。逆に、いくら年齢や経験を重ねていても、姿勢がともなっていなければ“いい医者”とは言えません」

教育環境や上司の指導体制、院内の評価制度——美容医療業界には、若手を育てるうえでの“構造的な未熟さ”が残されています。

しかしそれは、「直美が悪」だからではありません。

あくまで、業界全体の構造の問題であり、その中で“どう成長するか”が問われているのです。

「だからこそ、“直美”という一言でひとくくりにするのは、私はすごくもったいないと思うんです」

「若い医師」が持つポテンシャルと、美容医療の未来

繁華街
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「年齢や性別、国籍、部分的な経歴といった偏ったラベリングは大嫌い」

久野院長はそう語ります。

「私自身は、年齢でくくるのはあまり好きではないのですが…。美容医療に関してあえて若い先生の良さをあげるのであれば…。若い医師だからこそ、今の時代の価値観や美的感覚に敏感ですし、情報への感度も高い。いわゆる“時代に合ったセンスがいい”医師も多く、美しさのトレンドをしっかりと捉えて、患者様と丁寧に共有できる力があると思います」

実際に、令和の時代を生きる子供たちとコミュニケーションを取ると、価値観の多様性がいかに自然かと圧倒されます。

「やっぱり“距離の近さ”って大事なんですよね。患者様からの『先生ってなんか話しやすい!』という声をいただくことが多くて。リラックスした関係性のなかでこそ、施術に対する希望や不安が引き出せるんです」

とはいえ、美容医療は決して軽いものではありません。

若さだけでは乗り越えられない緊張感や責任も常に伴います。

だからこそ、久野院長は“真摯さ”を何より重視してきました。

「美容は、患者様の人生に大きく関わる医療分野です。だからこそ、“直美だから危ない”ではなく、“どんな姿勢で患者様と向き合っているか”のほうが重要なんです。どんなに若くても、どんなに経験が浅くても、一人ひとりの症例に誠実に取り組むこと。それが、美容医療の本質ではないでしょうか」

国籍・ジェンダー問わず向き合う「多様性医療」への挑戦

「若いからこそ…、の強みではないのですが。『多様性』の時代に生まれているからこそ、さまざまな垣根をなくした美容医療の提供ができるのも強みの一つだと思っています」

開業の準備もその延長線にありました。

退職の翌日から診療が開始できるよう、ちょうど半年間で開業へこぎつけたのです。

無職になってしまうと、保育園から出されてしまいます。

計画的な人生設計は必須。

久野院長は診療だけでなく、地域や国籍、セクシャリティの多様性にも配慮し、今では新宿二丁目という土地柄を活かしながら、さまざまな背景を持つ患者さんを受け入れています。

「トランスジェンダーの方や海外からの来院も多いんですよ。だからこそ、“言葉”だけじゃなく、“写真やイメージ”を見ながら、できる限り丁寧に『仕上がりの認識』のすり合わせをしています」

患者の背景も希望も千差万別。「美しい」「理想とする自分の姿」もバラバラ。

だからこそ、仕上がりの共有は徹底しているのです。

そして持てる技術の全力をぶつけます。

「美容医療は一人ひとりとの勝負です。その人の“なりたい”をかなえることに、私はずっと真剣です」

久野院長の「全力投球」の診療の日々は今もなお続いています。

「そして絶対に『現状』で満足しない。常にさらなる高みを目指して知識や技術、コミュニケーション技術においても研鑽を惜しみません」

「保険診療だけでは救えない」から、美容医療に飛び込む若手たち

近年、美容医療の現場には若手医師の参入がますます増えています。

久野院長はこの変化を、ポジティブに受け止めていると話します。

「スタグフレーションしている社会で保険点数で経営する保険診療の世界は限界があり、若手の中には“やりがいはあるけど、働き方としては苦しい”と感じる人も多いです。だからこそ、美容医療のように“患者さんに直接ありがとうと言われて、頑張った分だけ結果が出る”世界に魅力を感じて飛び込んでくる若手がいるのは、自然な流れだと思います」

美容医療の未来は、こうした新しい風をどれだけ誠実に育てられるかにかかっています。

そう語る久野院長の姿から、「直美」という言葉に込められた偏見を超えた“本質的な医師像”が、静かに浮かび上がっているのです。

読者へのメッセージ——誰もが自分の「美しさ」を選んでいい

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出典:PRIDE CLINIC

「美容医療は、誰かと比べるためのものではありません。誰かに認められるためでもありません。すべては、自分自身のために選ぶものです」

そう語る久野先生の言葉には、美容医療の本質への深い理解と、患者様へのあたたかなまなざしが込められていました。

「私はいつも『なりたい自分になっていいんですよ』というメッセージをお伝えしています。年齢を重ねていくなかで、今まで気にならなかったところが気になったり、鏡を見るのがつらくなったりすることもあると思います。でも、そんなときこそ、美容医療を“人生を楽しむための選択肢のひとつ”として前向きに使ってもらえたら嬉しいです」

生まれ持った顔立ちや身体で“我慢して生きていかなきゃいけない”という固定観念に縛られなくていいのです。

なりたい自分を、堂々と選んでいい——その背中を、美容医療はそっと押してくれます。

また、「どんな医師にお願いすればいいのか分からない」と悩んでいる方には、こんなアドバイスをくれました。

「医師選びは“フィーリング”が大事です。ホームページの文章やSNSでの発信、初回カウンセリングの雰囲気…どれもその先生の“人柄”が表れます。2〜3人、場合によってはもっと多くの先生を比較して、自分と相性の合う医師を見つけてほしいです。美容医療は“この人にお願いしたい”と思える相手との信頼関係があってこそ、納得のいく結果につながるものですから」

美容医療の現場に立つ医師として——久野先生の言葉は、今この瞬間に迷っているすべての人の背中を、やさしく、そして力強く支えてくれています。

「美容医療は怖いものでも、恥ずかしいものでもありません。自分自身の可能性を広げるための、とても前向きな一歩です。どうか、自分の『こうなりたい』という気持ちを、大切にしてくださいね」

その言葉は、美容医療に向き合うすべての人の背中をそっと押してくれます。

久野 賀子(くの よしこ)医師

2017年東京医科歯科大学医学部医学科 卒業。日大板橋病院にて初期研修終了後、湘南美容クリニックに入職し、5年半勤務。新宿本院皮膚科医局長として通常の勤務だけでなく、新人医師の指導、VIP対応、トラブル対応に従事。2024年11月新宿二丁目にPRIDE CLINICオープン。
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