人生の最後まで健康で幸せでいたいなら今の自分を知ることから始めよう|短命県返上に挑み続ける村下公一氏へインタビュー

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世界でも稀に見る長寿大国である我が国「日本」。

しかしながら、長生きな人はたくさんいるけれども元気で幸せに!となるとどのくらいの人が該当するのでしょうか?

健康寿命が謳われ始めて久しい昨今ですが、病気ではないかもしれないけれど果たして「幸せ」かどうかはまた、別問題です。

今回は、日本一寿命が短い県である、青森県の汚名返上に挑み続ける「弘前大学副学長/グローバルWell-being総合研究所副所長・教授村下公一先生」に、人生の最後まで健康で幸せでいるために、今の自分を客観的なデータで知ることの意義をインタビューしました。

日本一の“短命県”に、希望の光を。

――青森・岩木で始まった、健康を超えた「幸せ(Well-being)への革命(イノベーション)」

日本一の短命県と呼ばれてきた青森県。

生活習慣や食文化の問題、そして根強い健康格差――。

そんな地域に、静かに、しかし確実に変化の波を起こした人物がいます。

それが、弘前大学副学長の村下公一先生です。

彼が続けてきたのは、単なる寿命延伸ではありませんでした。

目指したのは、「健康のさらに先にある幸せ(Well-being)」を追求し、今の自分の健康課題に気づくこと。

その気づきを、「行動変容」へとつなげること。

この記事では、岩木健康増進プロジェクトや行動変容プログラム「QOL健診」を通じて生まれた“変化の物語”を辿ります。

「人生の幕を閉じるその瞬間まで幸せであるために、健康はどうあるべきか?」を見つめ直していくきっかけになることを願って。

「寿命を延ばす」だけじゃ足りない

平均寿命
出典:ALT:弘前大学・村下教授講演資料より一部抜粋

――岩木健康増進プロジェクトの原点

「日本一の短命県」と呼ばれている青森。

高い生活習慣病率、肥満率、喫煙率等々。

数字として表れる健康指標は、全国的に見ても決して芳しいとは言えなかった。

では、それを変えるために何ができるのか。

健康寿命を延ばす?病気の早期発見?

それだけでは、住民の心には響かなかった。

「病気になる前に気づける仕組みをつくること。
 そして“健康になる”ことで“幸せに近づく”という感覚を持ってもらうこと。」

そうした視点が取り入れられる中で生まれたのが、後に全国からも注目されることになる「岩木健康増進プロジェクト(大規模住民合同健診)」だった。 今までは「健康」と「幸せ(Well-being)」は、どこか別々の話として語られがちだった。

しかし近年「長寿」である人は「地域や社会生活でのリアルな人間関係が密接で良好である」と世界中の研究者たちが述べている。

村下先生は、両者を切り離さずにとらえることがこれからの社会に必要な視点だと考えていた。

つまり、ただ数値を良くするだけでなく、今の健康状態と生活(ライフスタイル)を見直すきっかけとしての健診。

その発想が、岩木地域の健診に新たな意味づけを与え、プロジェクトを発展させてきた。

健診で「気づく」:健康と幸せのつながり

QOL検診
出典:ALT:弘前大学・村下教授講演資料より一部抜粋

――数値ではなく“自分ごと”に変わる瞬間

岩木健康増進プロジェクト(以下:岩木健康増進プロジェクト)の健診は、一般的な健康診断とは大きく異なる。

血液検査や身体測定といった項目は同じでも、その目的は「病気を見つけること」ではなく、全身を網羅的に検査し、今の健康状態に気づくこと。

岩木健康増進プロジェクトでは、血液や唾液などの一般的な内科項目に加え、ゲノムデータ、体力調査、骨密度調査、生活習慣に至るまで3,000項目にも及ぶ検査を実施している。

この岩木健康増進プロジェクト健診を基に生まれたのが「QOL健診」だ。

「メタボリックシンドローム」「口腔保健」「ロコモティブシンドローム」「うつ・認知症」の4つの重要領域にしぼり、測定終了後に結果通知と健康教育までを短時間に一気通貫で完結されるプログラムパッケージである。

「“未病”や“予防”に焦点を当てて、病気になる前の“気づき”を促すのが私たちの健診(健康チェックプログラム)です」

村下先生がそう語るように、この健診の真の目的は、健診を通して“自分の身体と生活を見つめ直す”きっかけをつくること


健康ビッグデータ
出典:ALT:弘前大学・村下教授講演資料より一部抜粋

その場で数値を確認しながら、自分の食生活や運動習慣と照らし合わせていく。

「体脂肪率がちょっと高いのは、最近野菜をあまり摂っていないからかもしれない」

「最近疲れが取れないと感じていたけど、心が疲れていると表れていた」

そんな“ちょっとした気づき”が、健康行動への第一歩となる。

さらに、健診直後に医療従事者をはじめとした専門職との丁寧な対話を重ねることで、単なる注意喚起ではなく「納得感ある改善目標」を見定められるのがポイントだ。

「“知らなかったことを知る”だけでは、行動は変わらない。
 “自分のことだ”“このままだと将来が危ない”と思える瞬間が、行動変容のスイッチになるんです」

また「QOL健診」中で、健診は「病気が見つかってしまう怖いもの」ではなく「毎日の変化に気が付く楽しいもの」へと変化していった。

数値の上下に一喜一憂するのではなく、自分らしく健やかに暮らすための“ヒント探し”の場として機能するようさまざまな工夫を取り入れている

そしてこの「気づき」を共有できる「仲間作りができる場」として、「ただ健診を受けるだけの場所」ではない変化を生んでいる。

地域がひとつになるお祭りのような「岩木健康増進プロジェクト」

弘前合同住民健康調査
出典:https://www.hirosaki-u.ac.jp/wp-content/uploads/2022/06/r4_iwaki_1.jpg

――行動変容は、気が付き、つながりの中で起きる

青森県弘前市岩木地区で行われている年に一度の大規模な合同住民健康調査は今や地域の「風物詩」となっている。

その雰囲気は、どこかお祭りのような賑やかさすら感じさせるのだ。

早朝から集まる地域の人たち。

「自分一人じゃなかなか続かないことでも、みんながやってると思えば頑張れる」

岩木健康増進プロジェクトを通じて**健診が“孤独な努力”ではなく“仲間と歩む習慣”**へと変わっている。

村下先生も、こうした“つながり”の力を強調する。

「個人の行動変容を促すには、実は“個人”の気付きだけだとなかなか難しい。
家族、職場、地域といった“まわりの環境”が変わり、”自分一人じゃない”と認識することで行動につながりやすくなります」

子どもたちの意識改革で「未来につながる健康・幸せ」

wellbeing
出典:ALT:弘前大学・村下教授講演資料より一部抜粋

――短命の連鎖を断ち切るために

青森県は長年、「日本一の短命県」として知られてきた。

その背景には、高血圧や糖尿病などの生活習慣病リスクだけでなく、地域の食文化や運動習慣の不足も指摘されている。

実際に青森県の子どもは肥満傾向が高く、運動習慣が低いというデータもある。

青森県の「短命県」は子供の頃にすでに悪い生活習慣など原因となる状況が形成される可能性がある。

村下先生は、そうした状況に強い危機感を抱いている。

「子どもたちの体力や健康意識の低下を見ていると、なんとしても改善していきたい。だからこそ、“気づき”をもっと早く届けたい」と語る。

こうした思いから、弘前大学COI-NEXTでは現在、子ども向けの健診プログラム(子供版QOL健診)が開発にも取り組んでいる

子どもたち向けの健診は、従来の「岩木健康増進プロジェクト」で培われたノウハウをもとに、子どもたちが“楽しく、わかりやすく、自分の身体(健康)を知る”ことができる健診をめざした取り組みにしている。

子ども期の健康課題は、将来の生活習慣病リスクや社会参加への不安定さを生み、ひいては地域の生産力や活力にも影響を与えかねない。

だからこそ今、「大人になる前に気づき、変わる、行動につなげる」仕組みが必要とされている。

この新しい健診の目的は、病気の発見ではなく「気づきの早期化」。

子どもたちが自らの変化やリスクに“気づき”、そして“変わろうとする力”を育む仕掛けだ。

学校や家庭と連携しながら、健康について「知る・考える・選ぶ力」を育てる取り組みも進んでいる。

自分の身体と心に関心を持ち、行動できる子どもたちを育てることが、青森の未来に健やかな“幸せ(Well-being)”を根づかせる第一歩といえるだろう。

“健康ビッグデータ”が変える未来社会

家族
出典:Photo-ac

――地域発の行動変容モデルを全国へ

青森県弘前市で20年以上にわたり継続されてきた「岩木健康増進プロジェクト」。

毎年約1,000人、延べ3万人に及ぶ住民から得た約20年分の健康データは、今や“地域の財産”とも呼ばれるビッグデータ資源となっている。

日々の生活習慣、体力、肌状態、食事、睡眠、ストレスなど、約3,000項目に及ぶ網羅的データを毎年継続的に記録・解析。

この長期縦断データがあるからこそ、「どんな人が、どんな生活をしていると、どう健康が変わるのか?」がリアルに見えてくる。

データ×企業コラボ=社会実装へ

この“生きたデータ”は、企業との共創にも生かされている。

たとえば、カゴメが開発した「ベジチェック」。

このベジチェックは、地元スーパーなどにも導入されていて無料で手軽に野菜摂取レベルを数字として可視化できるツール。

手のひらをセンサーにかざすだけで測定でき、1分程度で結果が出るのが魅力。

買い物の間に手軽にチェックできるので、食生活の見直しを通した健康意識の向上に一役買っている。

ほかに花王が開発した「NAIBO-eye」は、スマートフォンで受診者を正面および側面の2カットを撮影するのみで、かなりの精度で内臓脂肪量を推定することができる。

服を着たままで簡単に測定できることから、好評を得ている。

弘前モデルが拓く「予防医療」の新しいかたち

この地域発のアプローチは、ただの健診では終わらない。

“データで気づき、行動し、変わる”というサイクルが回る仕組みは、他地域にも応用可能といえるだろう。

弘前モデルは、全国そして世界へと広がる「行動変容のエビデンスモデル」として、予防医療の未来を形づくる足掛かりになるはずだ。

幸せへの第一歩=ウェルビーイングな人生を

将来を考える
出典:ALT:弘前大学・村下教授講演資料より一部抜粋

――一人ひとりが、自分の幸せ(Well-being)を見つける社会へ

「健康な人は、やっぱり幸せな人が多い」——

20年以上にわたり蓄積された弘前の健康データが、そんな実態を裏付けはじめている。

“日本一の短命県”と呼ばれる青森の地で始まった住民健診は、今やただの病気予防を超え、一人ひとりの「幸せ(Well-being)」への入り口となりつつあるのだ。

健診は「義務」ではなく「自分を知る体験」へ

岩木健康増進プロジェクトが大切にしているのは、数値の上下ではなく、「気づき」。

「あ、最近ちょっと食生活が乱れてるかも」

「もう少し運動してみようかな」

そんな小さな“気づき”が、日々の行動を変え、心と身体を整えていく。

健診は“義務”ではなく、“自分を知る体験”なのだ。

「幸せのかたちは、人それぞれ。でもまず、自分の身体の声に耳を傾けることで、幸せの種に気づくことができる」

健康のさらに先にある、自分らしい幸せ(Well-being)に気づく。

そしてその第一歩が、日常のなかの“気づき”から始まる——

それこそが村下公一先生が掲げる「グローバルWell-being共創社会の実現へ」とつながるのだろう。

弘前で育まれたこの新たな循環が、やがて全国、世界へと広がっていくことを願って。
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